やぶにらみ見聞録


  いずれが本物      

 当会の掲示板に下記の書き込みがありました。
 「今年の異常な夏の暑さで着替え用稽古着セットを購入したいと思い、2,3の武具店を当たりましたが思うような物が無く、サイズも合わず購入できずなかったので、やむなくそのまま稽古に行きました。
 待ち時間に道場の剣道雑誌を見ていると多くの広告があり、中で晒1剣4号¥2,900と裏ペ−ジには¥9,100。 袴8千番28号\10,200と裏ペ−ジ\22,000とあります。
 又、一剣 ¥3,200 \3,300 と裏ペ−ジ¥6,700 \10,500とひどく格差があります
私達にとってはどこがどうどう違うのか判りません。
?8千番とは何ですか? 晒一剣と晒一重剣衣とは規格が違うのですか?ご教授下さい。又どちらが良いか教えて下さい。」

一剣とは? 二剣とどう違うのか?

「1剣」「2剣」と言う文字が剣道衣のカタログ中にあります。
 1重、2重と同じ意味ですが、剣道衣は別名稽古着と言うくらいで、激しい動きに耐えられる物でなければいけません。
 通常の生地だけでは強度不足のため、生地に使ってある糸より太い刺し子糸で、激しい動きに耐えるように刺しを施します。  これを刺し地、刺し子、と言います。 手で刺した物を「手刺し子地」、機械(織機)で織った物を「織り刺し地」と言います。  剣道具にもこうした生地にて補強をします(刺し地とはを参照ください)

1剣、2剣とは主に前記機械織りの織り物を使用して剣道衣に仕立てた物を総称し、手で刺しをした手刺し剣道衣と区別します。
この際の刺し子の基になる生地が1重の場合を「ひとえ又は一重織り」、生地が2重の場合は「ふたえ又は二重織り」と言います。
これは防具(剣道具)に使用される刺し子生地も同じ言い方で表現されます。
写真で1重織り、2重織りを比較下さい。
一般に2重織りの方が高級です。

   
 これは1重織り。
中央の太い糸を抜くと地布が出る。
透かして見ると1重の様子が分かる。
 これは2重織り.。 上下2枚の生地を刺し子糸でとじてある。
同じく中央の刺し子糸を抜くと地布が2枚出てくる
2重の布地の中央の太い糸が刺し子糸

 8千番とは?

多くの袴のカタログ説明に「8000番」とか「10000番」とかの表現があります。
そもそも「8000番」とか「10000番」とかは生地(小幅木綿)の規格を表す表現方法で、昔は2貫8百とか3貫3百とか(280匁付け、3百30匁付け)で表していました。

その後、あの悪法「メ−トル法」の施行で尺貫法の使用が禁止され、やむなく生地メ−カ−が便宜上2貫8百を6000番、3貫3百を7000番と表したのが始めと聞いています。

   さる有名生地メ−カ−のカタログの規格表 
 左の#5000,#7000,と書いてあるのが5000番、7000番
 中央の97分*30尺は鯨尺、 1反の幅と長さを表している。
 次が品質、綿100%の表示、棉の文字で無い事に注目
 右の240匁とか330匁が目付を表し、1反の重量を計った物。
 2貫とか3貫は10反の重量。
 重い物の方が糸の打ち込みが良く高級品。

この尺貫法の使用禁止により多くの日本の文化遺産が消滅しました。
尺貫法は日本人の体を基準に作られた実に優れた文化財とも言える物で、当HPの職人の物差しでも紹介しています。
「世界の物差しの基準に合わせる」とのふれこみで始めた「メ−トル法」は、本家の欧米では徹底していません。
むしろ未だに「ヤ−ド、ポンド、インチ、フイ−ト、」等をきちんと護って、物指し、秤の原点として通用させています。 

又、驚くことにその欧米の基準値と日本の尺、貫表示が実にうまく適合しています。
実例として織物で使用されているのは鯨尺、鯨尺の1寸は1.5インチ、鯨尺の6丈は25ヤ−ド、1ヤ−ドは鯨24寸、です。
体が基準とした尺貫法を継承する必要性、重要性の証拠といえます。

剣士の皆様、その場だけのおざなりの行政に腹が立ちませんか?
ずいぶん脱線してすみません。

 先染め、後染め、単糸、双糸(複数より糸)、目付とは?

その他の品質を見るのに重要な要素に「先染め(糸染め)」と「後染め(生地染め)」、使用糸の「単糸」、「双糸」(2本の糸を撚り合わせたもの)、打ち込み「目付」と、が表現されます。

先染めは糸の段階で染料(この場合藍染め)にて染め、その染めた糸で織った物です。
後染めは織った生地を染めた物で、生地の糸をほどいてみると、糸がまだらに染まっている様子で糸染めでない事が判ります。
(まれに剣道衣、や袴などの製品にしてから染めた物もあります。)
下部写真の生地から糸をほどいて見ると、先染めは糸の中心まで染まっているのがよく判ります。

糸染め(先染め)の方が手間暇が掛かり、高級です。

 単糸、双糸、は同じ太さの糸を使って織った織物でも、使用糸により強度、風合いが大きく違います。
糸の撚りを反対方向に戻してみるとよく判ります。 写真の左が双糸で右が単糸、双糸が高級です。
ちなみに糸の太さを表す「番手」は、1ポンド、840ヤ−ドを1番手とし、例えば20番手は1ポンド、840*20倍ヤ−ドです。
今現在も糸の太さを表す世界共通基準です。


目付は上写真の330もんめ付きの目付部分を略称して呼称したのが始まりです。
本来は絹織物の幅1寸、長さ6丈(上記尺貫法の数値に注目下さい)の目方を表した物ですが、
専門職同士では写真中の枠内(1インチ)の糸の本数で65本とか70本とかを目付と称し、取引の対象基準としています。
この1インチ内の糸数が多い(これを打ち込みと言います)ほど高級です。
5000番より6000番、7000番と数が多くなるほど打ち込み糸数が増えます。

ついでに道具袋で使用される6号、11号、と言われる帆布は 幅28.5インチ、長さ1ヤ−ドの基準を糸遣いで区別する番号物のことで、
他にオンスで表す重量表示があるが、主に6号とか11号とか「号」が使われています。
番号が小さい物が厚地で高級とされています。

 後染め(生地染め)生地。  生地の糸をほどくと糸の重なった部分がまだらになって、全体が染まっていないことが判る
 下の布地は糸を解いても染めむらが無いことで(先染め)糸染めと判る。
もちろん糸染めの方が数段高級品であることは言うまでも無い。
   左の糸が双糸、  右の糸が単糸、
 糸の撚りを反対方向にねじると解けて判る。
 もちろん双糸の方が数段高級品
 いずれも糸染め(先染め糸)

 消費者の皆様に、1重、2重、8000番とか10000番とかが何であるかはっきり説明出来ずに、質問しても明確な答えが得られないメ−カ−や販売店が多くあります。    剣道具においても同じような例が多くあります。
メ−カ−や販売店は専門店のはずです。 剣士の皆様に正しい知識を公表する義務と責任があります。

冒頭の質問のカタログ上の衣類は、直接見たことがないのでどちらが良いのか悪いのか判りませんが
職人会ではこのような問題も業界全体に定義して正しい表現方法がとれるよう努力して行きます。